えるこみ > J亭談笑落語会四季
平成23年2月25日に開催された、J亭談笑落語会・最終回「花鳥風月 月・Part3」のお題3本を、広瀬和生さんの解説でお届けします。


~立川談笑独演会~

『岸柳島』

満員の渡し舟の中、横柄な態度の若侍がキセルを取り出してタバコを吸い始める。すると火玉を払おうと船べりでキセルを叩いた弾みに、雁首が取れて川の中へ。悔しそうな侍のところへ屑屋がしゃしゃり出て、「その吸い口を買わせてください」と申し出る。カチンと来た侍、「無礼な! 手討ちにしてくれる!」と怒りだした。

その様子を見ていた侍が二人。若い方が「ご老体、あの屑屋、手討ちに遭いますぞ」と、助けるよう求める。「しかし、ワシのようなものが出て行っても、到底たちうちできませんぞ」 すると若いほうの侍は「おい! 見逃すわけにはまいらん!」と怒鳴り、「武士として許せん! と師匠が申しておる」と老武士に責任を押し付ける。「なに!?」と凄むキセルの若侍はいかにも強そう。ボケたふりをする老武士、それを後ろから操って「勝負だ!」と挑発する。

「そうかご老体、あの中州で勝負したいと言うか。断っておくが、俺は今まで3人殺しているぞ」「ええっ!?」と怯える老体に、後ろの侍が「助太刀しましょう」と言うが、助太刀も何も、全部この若い侍が老人の後ろで言ったこと。「あなたが言い出したんでしょ!」「ご安心を。骨は拾います」

先に中州に飛び降りたキセルの侍。と、船頭がサオをグッと突っ張って、中州から舟はどんどん離れていく。「大丈夫ですよ、お侍さん!」 船頭の機転で助かった…と思うと、取り残されたキセルの侍、フンドシ一丁の裸になって小刀をくわえ、川に飛び込んだ。「あれは水練の達人だ! 来るぞ!」「皆殺しだ!」「舟の上に現われた侍は斬って斬って斬りまくり、舟が真っ赤な血に染まったという…しかしそのとき小次郎少しも慌てず…」「おい講釈師、その講釈だか浪曲だかわからないようなのやめてください」

すると水面にザバッと飛び出した侍が舟に近づく。舟から老武士「何をしに来た!」と問いかけると、水中から出てきた侍、「雁首みつけたの!」と答える。「おお! して、吸い口は?」「あっ! 水の中に忘れてきた」



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『宮戸川』

大店の若旦那、半七は17、8歳のいい男。将棋をさしていて夜遅くなり、締め出しを食らってしまった。「開けてください、おとっつぁん!」 すると、向かいの家でも16、7歳の若い娘が締め出されていた。「ババァ、開けろよ! 日の出暴走で遅くなるの当たりめぇだろ! 開けないってぇと近所のガキ刺しちゃうぞ!」

「お花ちゃんじゃありませんか」「あ…ピンクのクジラがしゃべった」「またヘンなクスリやってますね。半七ですよ! 私、締め出し食っちゃって」「私、アンパン食っちゃったの」「一晩中ラリっててください。それじゃ」「どこ行くの?」「霊巌島の叔父さんの所に行って泊めてもらいます」「ピョンちゃんも行きたい!」「誰ですか! ダメですよ、お花ちゃんなんか連れてったら、くっつけられちゃいますよ。あの叔父さん、飲み込み屋で、全部くっつけちゃうんですから。あの人が『飲み込んだ!』って言ったら自民党と共産党だって連立しちゃいます」 逃げ出す半七。

「変わっちゃったな、お花ちゃん。こないだまで、ごく普通の可愛い子だったのに」「今でも可愛いもん!」「うわっ! 何でついてくるんですか! 背中に箱乗りしないで!」 振り切っても振り切ってもヘビ女のようについてくるお花。「うわ、長屋の屋根の上でワオー^ン!って、なんだありゃ」「ガルルル」「シッシッ! あ、着いちゃったよ。叔父さん、開けてください! 小網町の半七でーす!」

「いてて、腰が痛てぇ。いま開けるから! おい、バーサン、起きなさいよ、小網町の半七が来たよ!」「あらあら! じゃあお位牌を…」「何やってんだよ?」「小網町から半鐘が鳴ったって」「面白くないんだよ、古典ババア! 開けてやれ」「はいはい。よく来たねぇ半坊。何モジモジしてるんだい、さぁ、後ろのお連れさんも…あっ! おじいさん、半坊が、きれいな娘さん連れてきたよ!」「どれどれ…お! よし飲みこんだ!」「いや違います」「いい娘じゃないか、腕に根性焼きの跡がいっぱいあって、内側には注射痕も。素敵な娘さんだ」「素敵じゃない!」「照れるんじゃない! さ、二階へ上がって寝ちまえ! …バアサン、こんな日が来るとはなぁ。子どもだと思ってた半七が」「思い出しますねぇ。初めて2人が結ばれた晩のことを…あたしの中のメスがうずいてます…」「うずかせるんじゃないよ!」

「お花ちゃん、ここに帯を置きますから、こっちに入っちゃいけませんよ。そっち側で寝てくださいね。この帯は、38度線です。こっちは韓国、そっちは北朝鮮」「何それ」「縄張りですよ! 入ってきたら喧嘩になるの」「スペクターと東海連合みたいな?」「そうそう」「吸収!」「吸収されません! 戻して! あのね、私、昔はお花ちゃん好きでしたよ! でもそれは昔のお花ちゃん! 今は変わっちゃって、昔のお花ちゃんのカケラもない。あなたの悪い仲間と一緒にされちゃ、迷惑なんですよ! あなたは汚れちゃったんだ!」「半ちゃん」「……」「半ちゃんってば」「……」「半ちゃん……(小声で)私を、たすけて……(泣)」 泣いているお花の髪に、半七の手が伸びて、そっと撫でる。いつしか絡み合う指と指。どちらからともなく唇が重なり、激しく舌を絡める。半七の手がお花の胸元にすべりこみ、まっ白い乳房をまさぐると、その手が徐々に下へと伸びていく。

「お花の内腿の奥にある潤いを指先に感じながら、半七の手が滑るように……ここで本が破けてまして、後は読めません、というのがこの落語の従来のオチだったんですが、私はこの先の、欠けていた重要な部分を発見したしました!」と言って演者の談笑が露骨な性描写へと突入する。「男は下から腰を突き上げて、いきり立った欲望の塊で、女体の奥深くを貫いた。『おじいさん!』……ってこれは一階の話だ。二階はってぇと、いつまで経っても『半ちゃん!』『ダメです!』 ……この夜、若い2人が結ばれるという。『宮戸川』の上でございます」



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『浜野矩隨』

腰元彫りの名人・浜野矩康が49歳で妻子を残して亡くなり、10年後。倅の矩隨は跡を継いで腰元彫りの職人となり、矩隨の作品はすべて若狭屋が買い取っていた。

「若狭屋さんに行ってくるよ」と病床の母に告げる矩隨。「お前の作ったものを見せてごらん。ああ、これか、若駒だね」「出来は……」「いいよ! お前は名人だよ矩隨」「それ、足の数が」「そこがいいところだよ、春にピッタリだ。若々しくて。お前は名人だよ。私はそろそろ、おとっつぁんがお迎えに……」「そんな気弱なこと言わないで」

若狭屋に行くと、旦那は寄り合いで昼間から酒を飲んでホロ酔い。「おお、矩隨さん、持ってきたか。はい、二朱」「あの、一応見てください」「はいはい」「馬を、若々しく」「……コレかい。自分でどういう出来だと思うの?」「新しい視点で、これまでにないものだと」「心底、いいと思ってる? 馬の脚って何本? 三本しかないよ、何コレ?」「よく見てください。一本に見えるのは重なってるんですよ、躍動感があっていいでしょ?」「ああまたそういうの始まっちゃうの?」 ウンザリする若狭屋。

「オマエのおとっつぁんは名人だったよ。お前が理屈こねてるこういうの、世間は好きじゃないんだよ。普通の、いいモン作ってよって言ってるだろ? 芸術家気取りか何か知らないけど、売れないんだ、こんなの! いつも二朱で買ってるけど、全部売れないから、箱に入れてあって、もう13箱だ。マトモなものを普通に彫ってりゃいいんだよ!」「それじゃ、私がやらなくても他の職人さんでも同じ…」「だから他の職人さんと同じように、普通にやっておくれよ!」

「寄り合いでも、お前さんの話が出たよ」 若狭屋は続ける。「よそでコレ買ったトコあったんだって? いい笑いモンだよ。こんなのが世に出ると、おとっつぁんの名声にまで影響するって、みんな心配してるんだ。もうやめろよ。商売替えしろよ。どうしてもやりたいんなら、浜野の名前を使うな」「いえ、おとっつぁんから頂いた大事な名前」「お前はその名前に泥を塗ってるんだよ!」

「あのね、お前の腕は悪くないよ。そこらへんの奴より上手い。でも、こんなのいいって言い切れるか? お前、世間がいいと思うもの彫れるか? 彫れないよ、芸術家気取りのお前には。先代の顔に泥を塗るからやめてくれ」「いえ、それはイヤです」「強情なトコだけは父親に似たんだな。真っ当なモノ彫って欲しいんだけど、それもダメ? わかった…(大声で)帰れッ!!!」

「おとっつぁん…俺、ダメなのかな」と独り言を言いながら帰る矩隨。「世の中、俺のもの要らないのかな。一生懸命いいもの作ろうと思ったけど、生きてるとおとっつぁんの名前に泥を塗るって……でも、俺、死なないよ……死ぬもんか」 涙をこらえて帰宅した矩隨を迎えた母は、何かがあったことを見破り、問い質す。わけを聞いた母、「いいんだ、心配することないよ、お前が名人なのは、おっかさん、よーくわかってる」「でも世間はせせら笑ってるって」「お前はいいものを作ってる。いつかみんな、わかってくれるよ」

「私はもう二、三日もつかどうか…おっかさんが、おとっつぁんのところへ真っ直ぐ行けるように、観音様をこしらえておくれ。手のひらに入るような。それを胸に抱いて、おとっつぁんのところへ行くよ」「うん、わかった」「お前ね、心を込めて彫ってごらん。今までお前は名人だ。でも今までこさえたものには心が入ってないんだよ。心を込めて一生懸命彫ってごらん」といって、母は首に掛けていた物を息子に渡す。「憶えてるかい? お前が五つの時に初めてこしらえた、おっかさんのために彫ったウサギだ。嬉しかったよ。宝物だ。肌身離さず持ってた。こしらえとくれ、観音様を」

一心不乱に制作に彫り始めた矩隨。「おっかさん、お粥…」「そんあものいいから、彫っておくれ」「でも食べないと。死んじゃ、やだよ」「お前が幼い頃の夢を見たよ。みんなで花見に行って、お前は三つだったか、お侍さんを見ては『この人の持ってるのはおとっつぁんのだ』『この人は違う』って、全部ピタッと言い当ててた。これは将来どんな名人になるんだろうって、お弟子さんたちもみんな、驚いていたよ……」

いよいよお迎えが来たのか、母はずっと「ナンマンダブ、ナンマンダブ…」と唱えている。それを聞きながら彫る矩隨。「待っててくれよ、おっかさん…」

二日経った明け方、若狭屋が矩隨の家を訪れる。「やってるね、よかったよかった。こないだのを真に受けて商売替えでもしてたらどうしようと…おっかさんは寝てるのか…あっ! 何だ、矩隨、この白い布! おっかさん、亡くなったのか!」 手を合わせる若狭屋の前で、観音を手に取り、眺めて涙する矩隨。「おっかさん、見とくれ、いいのが彫れたよ」「矩隨さん、それ、お前が!?」「いいでしょう?」 

観音を見て驚く若狭屋。「ああ…これは…私も長年この商売で何千と観音様を見てきたが、これほどまでに優しそうな、心のこもった観音様は初めて見た。矩隨さん、お前、おとっつぁんを越えたよ! いいものを彫った! (母親に向かって)おっかさん、いい職人になったよ、倅は。親父を越えた!」 そして若狭屋は矩隨に力強く言う。「さあ、これが彫れたってことは、忙しくなるぞ! お前に注文が殺到する」 すると矩隨、決然と応える。「いえ、、まだ新しいものに取り掛かれません! あの13箱の作品、全部に心を込めるんです!」

矩隨は名人だと評判が立ち、あの三本脚の若駒も五百両で売れたとか。83歳まで生きて最後の日までノミを振るい続けた矩隨は、大勢の弟子に見守られて天寿を全うする。その工房の片隅には、小さな観音と、かわいいウサギが鈍い光を放っていたという。「名人に二代あり」、浜野矩隨の一席で、長く続いた「J亭 談笑落語会」の幕は下りた。
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平成23年1月28日に瀧川鯉昇、柳家喬太郎を招いて開催された「花鳥風月 月・Part 2」のお題4本を広瀬和生さんの解説でお届けします。


立川談笑『疝気の虫』

 疝気とは下腹部が痛む病気を指す漢方用語だが、特に男性の睾丸や尿道、膀胱あたりの激痛を伴う病気をイメージしておくとよい。病気にはすべてその原因となる虫がいて、疝気は「疝気の虫」が起こす、という設定による古典落語『疝気の虫』は、古今亭志ん生ヴァージョンを愛した立川談志が好んで演じることで知られ、当代柳家権太楼の得意ネタでもある。

通常の『疝気の虫』は、夢で疝気の虫に「好物が蕎麦、弱点が唐辛子。危なくなると別荘(睾丸)に隠れる」と教わった医者が患者の治療にその知識を用いる滑稽噺だが、談笑版は、通常のものとは異なる改作。船の中が舞台となって、大暴れする疝気の虫の大群を人間が撃破する凄まじい攻防を描いた「エイリアン編」だ。

長崎から江戸へ向かう船の中で主人公の男を起こす娘。彼女の父は直次郎の師で、長崎の医師だ。船内では乗客が次々に疝気の虫の大群に襲われて大パニック。「先生、あれは!」「出たー! 疝気の虫だぁーっ!」「こんな噺じゃなかった…」 逃げ惑う船客。だが誰も逃げられない。「船中みんな疝気になってしまった!」 そして遂に、娘の父も…。

主人公は夢で聞いた「疝気の虫の好物は蕎麦、弱点は唐辛子」を思い出し、唐辛子の湯を用意して、蕎麦を娘に食べさせる。すると父の口から巨大な怪物(疝気の虫)が飛び出し、そのまま娘の口に入り込んでしまった。疝気の虫に身体を乗っ取られて苦しむ娘に唐辛子湯を飲ませると、疝気の虫は別荘を求めて下っていくが、女に別荘は無い! 仕方なく怪物は股間から逃げていった。「お嬢さん!」「無事、安産で済みました」

しかし、巨大化した疝気の虫に体を蝕まれた父はもはや息も絶え絶え。「お父様!」「…この疝気の虫は南蛮渡来の疝気の虫だ…こんなものが江戸に入ったら大変なことになる。この船を焼き払ってしまうのだ…江戸へ入れてはいかん!」 そう言い残して先生は息を引き取る。

男と娘が船内を見回ると、もはや病人の姿は跡形も無くなり、疝気の虫の卵がビッシリと床を埋めていた。火薬の詰まった荷がその向こう側にある。「あの火薬に火をつけましょう!」「でも、あの卵は、もう生まれようと…危険です!」「お嬢さん、私は帰ってこられないかもしれませんが、こんな男が居たってことを覚えておいてください」「私が行きます! 私には別荘は無いから大丈夫!」 娘は唐辛子の湯を飲みながら突っ込んでいく。孵化した疝気の虫が娘の口の中に入るが、娘は次々に股間から虫を産み落としながら奥まで走っていくと、行燈の火を火薬の荷へ。「さあ逃げましょう!」 その一瞬後、船からドーン!と火柱が上がった。

船はもはや粉々。海の中で材木に掴まった二人のシルエットが浮かび上がる。見事、脱出に成功したのだ。水面に浮かぶ「お材木」のおかげで助かった二人。「あそこに見えるのが品川の灯り…この大変な事態を江戸の皆に伝えに行かなくちゃ!」 だが海中の男の睾丸の中で、疝気の虫がギュルギュルギュル………。


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瀧川鯉昇『千早ふる』

J亭、二度目の登場となる瀧川鯉昇。今日の演目『千早ふる』は、百人一首の在原業平の歌「千早ふる神代もきかず竜田川 からくれないに水くぐるとは」の意味を娘に訊かれた男が、近所の物知り(多くの場合、ご隠居)」に教わりに行くと、相手も実は何も知らず、デタラメを教える、という噺。鯉昇ヴァージョンは、そのデタラメが通常の演者よりもスケールの大きなホラ話となっていく。

「おや、八っつぁん、何モジモジしてるんだい、上がりなよ」とご隠居。「いや、今日はここでいいです」 なかなか家に上がろうとしない八っつぁん。「お上がりってんだよ」「ホントにいいですから」 実は、歌の意味を娘に訊かれて進退窮まった八五郎は「便所に隠れて下の格子を蹴破って裸足でここへ来た」のだ。だから遠慮していた八五郎を、無理やり家に上げたご隠居、わけを聞いて「え、じゃあ裸足で…? あっ! この 野郎、足跡こんなに付けやがって!」と掃除をさせる。「雑巾できれいに拭いときな! 雑巾は固く絞って! 長火鉢もずらして、ちゃんと隅々…拭いたか。じゃ向こうの部屋も掃除して」「向こうの部屋、行ってねぇですよ」「モノはついでだ。そう、きれいに! 床柱も磨け! 終わったか、じゃバケツの水撒いて雑巾をキュッと絞って、そこに干して帰れ!」「いや、あっしはここに掃除をしに来たわけじゃない」

「この歌は、この辺から(と横に水平に手をかざして)、奥まったところから真っ直ぐ来たら、ここ、ここで曲がる! それでクルッと廻って。歌だからね、リズムが大事。で、位置関係がね、ここ、いやここかな」「いや、あの、遊んでネェで!」「じゃあ訊くが、この竜田川って何だと思う? ヒントをやろう。ナイル、インダス、チグリス・ユーフラテス、黄河」「川の名?」「違う! 外国人力士の名だ。竜田川はモンゴル草原に居た、怪力の持ち主。その怪力を活かそうと日本に夢を抱いてやって来た」

隠居曰く、「成功するまで女は断つと願掛けをした」竜田川、三年で大関になったのを機に吉原へ行ったが千早という花魁にフラれ、その妹分である神代にもフラレて「もう力士は辞めた!」とモンゴルへ帰って豆腐屋になったという。

「……あのすみません、聞き漏らしたようなんですが……豆腐屋?」「オマエは歴史に疎いな。その当時は女にフラれた相撲取りはみんな国へ帰って豆腐屋になったものなんだ」「でもモンゴル」「モンゴルにもあるよ豆腐!」「でもいきなり大関から豆腐屋にならなくたって」「実家が豆腐屋だったんだよ! おとっつぁんが年取って、今にも潰れそうだった。パオが傾いてた」

「おとっつぁんの跡を継いで豆腐屋になった竜田川はモンゴル平原で豆腐を売り歩いた。あるとき、向こうからポコポコやって来るラクダ、その上に乗っていた女は誰だと思う?」「オレ、あんまりモンゴルに詳しくネェから」「ラクダに乗った女乞食の正体は…この物語に女は二人しか出てこない。よく考えろ」「千早?」「ファイナルアンサー?」「はい」「………………正解!」「でも千早が何で江戸からモンゴルに来て乞食に?」「当人の強い意志だ!」

「竜田川にトン!と突き飛ばされた千早はモンゴル平原を飛んだ。土手があったから良かったな。跳ね返って戻ってきた。そこに柳の木が」「モンゴル平原で?」「あるよ柳。その脇に井戸が」「井戸?」「モンゴル平原にも井戸はあるよ! そこに飛び込んで千早は死んだ」「それで?」「おしまい」「だって」「続きは無いよ! もう雑巾も乾いたな? じゃ、帰んな!」 モンゴルにも豆腐があるというウンチクを語る鯉昇版『千早ふる』、ご隠居はあくまで掃除にこだわるのだった。


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柳家喬太郎『オトミ酸』

またしても物知りのご隠居のところにモノを訊きに来た八五郎。「オマエ、よくモノを聞きに来るな」「ご隠居、こないだの業平の歌、教わったまんま発表したら、ウチの娘、成績下がりっぱなしで」「あ、信じたのか!」「娘の学校、懐メロが流行っちゃって、今『お富さん』が流行ってるんですよ」「どんな学校だ」「それで『お富さん』の歌詞のわけ聞こうと思って」「ハードル上がったなぁ! 千早で一杯いっぱいだぞ!」

「江戸っ子の好きなものといえば祭りだな。江戸八百八町の中でも威勢がいいことで知られる黒兵衛さんという人が、毎年、荒神(こうしん)、つまり荒い神を祭って神輿(みこし)の先棒かついでワッショイ、ワッショイとやってたんだが、ある年、具合が悪くてウチでグッタリしていた。すると、そこへ源ちゃんが来た」 ご隠居は話し続ける。

「黒兵衛は『源ちゃん今年はダメだよ』と言うが、『何言ってるんだよ、町内の神輿がかわいそうだよ』と源ちゃん。『神輿に心があるのか』『あるんだよ! みんな待ってるんだよ!』と源ちゃんに言われて黒兵衛は起き上がり、ダラダラ汗をかいてやって来た。『死んでもいいや!』と神輿担いでワッショイとやってたら元気になったって話だ」

「祭りに付き物の振る舞い酒、こいつを飲んで酔っ払った黒兵衛さんは荒い神の裏のほうへフラフラと来ちまった。まだ病気で酔いも廻った黒兵衛さんは裏っ手の社務所の縁側でグッタリしていると、南蛮人が身につけるというガーターベルトが落っこってる。それをみて首をひねり、クンクンと匂いをかいでいると、『ああ…』とか『イヤ』とか淫靡な声が…中へ入ってみると掛け軸の向こうに抜け穴があって、『ピシッ!』『ああ…もっと! やめないで!』なんて声がするではないか」

「何事かと行ってみると、さあ大変、巫女さんたちやら何やらが神主を四つんばいにさせて『ああくすぐったい!』『ねぇ旦那!』『ビシビシッ!』って乱チキ騒ぎだよ。『ちょっと大将! 何です皆さん!?』と黒兵衛さんが入っていくと、中の皆は凍りついたな! で、見ると源ちゃんもいるんだよ。『これはこれは黒兵衛さん』と神主が寄ってくる」「ふんふん」

「神主は『これを見られちゃ生かしちゃおけない。源さん、オマエが始末しな』とドス黒い相談。『ここに南蛮渡来のオトミ酸という毒がある』『オトミ酸』『オートミールというモノによく似ているからオートミール酸、というところから来ているそうだ』 そのオトミ酸なる毒を、源ちゃんが黒兵衛さんに飲ませると、バタッと倒れこむ……」

「と、そのとき、上のほうから『御用だ! 御用だ!』という声が聞こえ、黒兵衛さんはハッと目を覚ました。源ちゃん、友達の黒兵衛さんが生きてて良かったとは思ったが、やったのは自分。掴まってはならじと走って逃げていった。その先には一面の畑。ふと見ると一本の良い竿があり、源さんは昇ってはみたが、結局は落っこちてお縄になった。源ちゃんは『あー、やだな』と言ったという」「へえ」「これが歌詞のワケだ」「へ?」

「わからんか? 行きなよ神輿が待ってるぜ、あだなすガーター荒い神、死んだはずだよオートミー酸、生きていたとは…ちなみにこの『とは』は黒兵衛の本名だ」「おお!」「源ちゃん『おっしゃ』と思ったけど逃げた夏…サマーでも、知らない、ホットケ、ええ竿、源やだなー、という」 と、そこへおかみさんが入ってきて「何言ってるの! バカばっかり言って! あれは歌舞伎から来てるのよ!」「おいおい、横槍を入れるな」「いいえ、横櫛(よこぐし)」でサゲ。

「J亭」二度目の登場となる喬太郎、今日の噺は自作の新作落語『オトミ酸』。『千早ふる』のパロディ的な内容で、自分のすぐ前に誰かが『千早ふる』を演ったときにしか演らないので、滅多に聴くことができない貴重なネタだ。ちなみにこのサゲは『お富与三郎』の別題『与話情浮名横櫛』から来ている。


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立川談笑『三味線栗毛』

大名・酒井雅楽頭の三男・角三郎が按摩の錦木と心を通じ、「自分が大名になったらオマエを検校にしてやる」と約束、やがて角三郎は病身の兄に代わって父の跡を継いで大名となり、約束どおり錦木を検校としてやる、という講釈ネタの人情噺。江戸時代の按摩はお上から官位を得なければならず、最下層が衆分、その上に座頭、匂当とあって、検校は最上級。

文楽・志ん生・圓生らがこぞって崇拝していた「名人」四代目橘家圓喬の十八番として知られ、志ん生も演っていた。近年では志ん生とは異なる演出でしんみりと終わる『錦木検校』として、今日のゲストの柳家喬太郎が演っているのが有名。喬太郎の演出は八代目林家正蔵から橘家文蔵(故人)に伝えられた型をベースに、自分の演出を加えたものだ。

談笑版は志ん生の型をベースにしており、めでたく検校となった錦木が、雅楽頭から「新しい馬の名を三味線と名付けた」理由を直接聞いてサゲる。仲良くなったのにプッツリと来なくなった錦木を案じた角三郎が、事情を探って「わずらい寝付いている」錦木の汚い長屋を訪れて見舞い、そこで「俺が出世したらおまえを検校にしてやる」という約束を交わす、という演出に談笑の工夫が活かされ、爽快な後味を残す噺になった。

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平成22年12月17日に柳亭市馬、柳家三三を招いて開催された「花鳥風月 月・Part 1」のお題4本を広瀬和生さんの解説でお届けします。


立川談笑『山号寺号』

上野広小路での、とある若旦那と幇間の一八との会話だけで成り立つ噺。今日は柳亭市馬、柳家三三と2人のゲストが出演するので、1席目には短めの噺にしておこう、ということだろう。談笑は2009年10月の「J亭 談笑落語会 四季『秋』Part 1」でもこの噺を演じており、そのときのゲストは柳家喬太郎だった。

「若旦那、どちらへお出かけで?」「浅草の観音様だよ」「金龍山浅草寺にご参詣ですか」「違うよ、浅草の観音様だって言ってるだろ」「ですから金龍山浅草寺」「何だそれ?」「ですから金龍山浅草寺」「逆らうね! 浅草の観音様だって!」「それを正式に言うと金龍山浅草寺に安置したてまつる観世音菩薩。拝むのは観音様でも、行くところは金龍山浅草寺でしょ? 山号寺号ってヤツですよ」「サンゴウジゴウ?」「なんとか山、なんとか寺、これが山号寺号ですよ。成田山新勝寺、東叡山寛栄寺、身延山久遠寺。ね? どこにでもある」

「どこにでもある?」「ハイ」「じゃあここにもあるんだな! 言ってみろ!」「え? いや、お寺があればどこにでも、ってことで」「うるさい! どこにでもって言っただろ! さあここの山号寺号は何だ? 言えたら祝儀に一円やる。言えなきゃ出入り止めだ」「そんなぁ~」「ま、これからは口の利き方に気を付けるんだな」と立ち去ろうとする若旦那にすがりつく一八。「あそこに車屋がいますね? 車屋さん広小路、ってのはどうです?」「おっ、そう来たか。一円やるよ」

「さ、これで出入り止めは無しですね。あとはジャンジャンいただきますよ」 さあここから、「○○さん××じ」のダジャレを連発、若旦那の財布はカラになる。「今度は俺の番だ」と若旦那は一八の財布を預かる。「若旦那、どうするんです?」「これをこう、懐に入れて…」「え?」「一目散、随徳寺」と言うなり走り去る若旦那。「あっ! みんなご破算、大赤字!」


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柳亭市馬『掛取り』

今回、もう1人のゲストは柳亭市馬。1961年生まれで、1980年、五代目柳家小さんに入門。圧倒的な歌唱力を持ち、昭和歌謡を嬉々として唄いまくる人として知られているが、もちろん、落語の上手さにこそ市馬の魅力がある。古典落語の真髄を味わわせてくれる、「マトモに演って面白い」落語家だ。今日の演目『掛け取り』は、年末に市馬があちこちで演る得意ネタ。ちなみに、この日、市馬の落語協会副会長就任が発表された。

大晦日、貧しい夫婦の会話。「お前さん、どうするんだい? 借金取り、掛取りがどんどん来るよ」「去年の手は?」「死んだ振り? ダメだよ!」 去年の大晦日、亭主が棺桶に隠れて借金取りを返していたら大家が来て香典を差し出し、まさか受け取れないからと女房が断わったら、亭主が棺桶からニュッと手を出し「いいからもらっておけ!」と言ったので、大家は大慌てで下駄履かずに帰った…という一件を振り返り、「あれから一年たつなあ」と呑気な亭主。

「その大家さんが店賃とりにきたわよ」「好きなモノで断わろう。大家は何が好きだ?」「狂歌家主って言われてるくらいで、狂歌に凝ってるよ」「よしきた」 こうして、狂歌の好きな大家には狂歌で、喧嘩好きな魚屋には喧嘩で追い返す。「あ、三橋の旦那が来たわよ」「あの旦那は三橋美智也が好きだからなあ」と、亭主は嬉しそうに三橋美智也を唄いまくる…。

時間があれば芝居好きには芝居の真似で、相撲好きには相撲甚句でと、市馬の芸達者振りが際立つこの噺だが、今日は時間の都合で芝居と相撲甚句をカット。そこをカットしながら「三橋美智也を歌う」というオリジナル演出は欠かさないのが、昭和歌謡マニアの柳亭市馬ならでは、というところ。


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柳家三三『あわびのし』

頼りない亭主(甚兵衛)が「ハラ減ったから帰ってきた。オマンマ食べさせて」と、しっかり者の女房(おみつ)に泣きつく。「オマンマ買うお金が無いよ」「何で?」「お前さんが働かないからだろ!」「オマンマ! オマンマ! オマンマ!」うるさいわね…「明日から、ちゃんと仕事する?」「する(泣)」「じゃあ、お隣の山田さんちに行って、五十銭借りといで」「貸してくれないよ」「お前さんじゃ貸さないだろうけど、アタシがって、そう言えば貸してくれるよ」「アタシが? アタシは、アタシ?」「女房のおみつが、って言うんだよ!」

おみつが考えた作戦は、まず五十銭借りて、それで尾頭付きの魚を買って、大家のセガレの婚礼の祝いに行き、お礼に一円くらいくれるだろうから、そこから五十銭を山田さんに返して、残った五十銭でご飯を買おう、というもの。ところが甚兵衛さん、借りた五十銭で魚屋からアワビを買ってきた。尾頭付きの鯛は五円もするからだ。魚屋は「あの大家はアワビが好きだから」と好意で売ったのだが、おみつは「本当は婚礼にアワビは縁起が悪いんだけど…」と困惑。

それでも仕方なく、おみつは甚兵衛にお祝いの口上を何とか覚えさせ、大家のところへ行かせるが、甚兵衛さんは全然マトモに口上が言えず、挙句の果てに「五十銭借りて大家にお祝いを持っていって一円もらう」という女房の作戦を大家に明かしてしまいそうに…。

J亭には二度目のゲスト出演となる柳家三三。この『あわびのし』という噺は、大家が「こんなモノ受け取れない!」とアワビを突き返し、その顛末を聞いた鳶頭が怒って甚兵衛さんに啖呵を教えてもう一度、大家のところへ行けと知恵をつける、という後半があるのだが、今日の三三は大家のところで甚兵衛さんが「口上が言えなくてアタフタする」ところまでで終えた。三三ならではの「ブッ飛んだ甚兵衛さん」のキャラが実に可笑しい、爆笑編の『あわびのし』だった。


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立川談笑『鼠穴・改』

談笑のトリネタは古典の大ネタ『鼠穴』を現代版に作り変えた、改作落語。田舎から出てきた兄弟の物語を、談笑は中国福建省から日本に来て一旗上げた兄とその弟による現代の物語に変えている。

「社長、福建省から弟のチク(竹)さんがいらっしゃいました」「おお、チクか!」「兄さん、お店、大きいね」 兄は日本のパスポートを「買って」福建大飯店チェーンで大成功を収めている。観光ビザで来日した弟は「団体旅行ではぐれた」と言いながら、実は兄を頼って日本で金儲けしたいと思って出てきている。『鼠穴』と同じく兄は「使用人じゃダメだよ、自分で事業やらないと」と商売の元手を貸してくれる。だが、「使い込むなヨ」と言って渡してくれたのは、現金30円。この兄の仕打ちへの怒りをバネに、30円を元手にのし上がろうとする竹。

盛り場に行けば何とかなるかと新宿に行き、多くのホームレスを発見。「アイツら、どうやって生きているんだろう」と、ホームレスの行動を追いかける竹。中央公園の炊き出しに並び、空き缶集めが金になるのだということを知って、30円でビニール袋を買い、新宿末広亭の横の自販機がズラッと並んでるところで空き缶を集めて中野に運び「10キロで50円」。その繰り返しの中、大久保駅で自転車が「たまたま捨ててあった」のでそれを入手して効率アップ、5万ほど金が貯まった頃に新大久保駅の裏で「たまたま」軽自動車を手に入れると、中華鍋・庖丁・俎板などを揃えて無免許で移動中華料理屋を。朝は職安通りで中華粥、昼はオフィス街で中華弁当、夕方は住宅街で点心類を売り、夜はラーメン屋。夜中にはオカマバーの手伝いまで。 

寝る間も惜しんで働いて、百万円貯めて新大久保でアパートを借り、プロバイダー事業を開始。中国から一時的に来ている人達相手の商売は、「携帯電話の貸し出し」業も大いに重宝がられ、福建出身者の華僑社会とのパイプも出来て無尽のようなシステムにも参加、どんどん成長して、3年経った今では六本木ヒルズで4フロア占拠する世界有数のIT企業「ハードバンク」に。プロ野球の球団も所有し王監督を迎えている。

古典の『鼠穴』と同じく、兄に元手を叩き返しに行く夜に事件が起こる。日本で儲けている竹に対し、本国政府から「寄付しろ」と強力なプレッシャーが掛かっている、というのが伏線に。兄のところへ向かおうとする竹、番頭格の部下に「うちの使ってる中国製のウィルス対策セキュリティソフトには問題がある。孫悟空という、中国政府が極秘に開発したウィルスが侵入できるよう、小さな穴(マウスホール=鼠穴)が空いているので、必ずマカフィ(米国製ウィルス対策ソフト)に変えておくように更新しておくように」と言い残して出る。

店長が出迎え、「チクさん! お久しぶりです!」「4年ぶりだよ! よく覚えてたネ!」と言いつつ、兄のところへ行き、30円を叩き返す。4年前の仕打ちを恨んでいる弟に、兄は「オマエはあの時、元手があったらきっと遊んでた。中国から来ると皆、遊んでいいと誤解する。日本に来たら遊んじゃダメ! でもそれ、無一文になってから皆、気づく。ワタシ、オマエのスタートライン早めてやったよ」と弁解するが、竹は「それは言い訳だヨ!」と怒りを爆発させる。それに対して、涙まじりで真情を吐露する兄。「ずっと見てたヨ…朝から晩まで…空き缶集めてるところからずっと…おまえの結婚式には出なかったけど、姪が出来たのは知ってるヨ…すぐに奥さん亡くなったときも、外から見てたよ…恨んでもいいケド、許してくれ」「兄さん、見てた?」「見たヨ。オマエはワタシのタカラモノだよ! この30円は私達の宝物ダヨ…」「兄さん! 兄さんがいなければ今のハードバンクはなかった…」「わかってくれたか…」

仲直りした2人、中国人ならではの物凄い酒盛りが始まり、やがて弟は「もう帰る」と言い出すが、兄は「泊まっていけ」と引き止める。「でも心配ヨ。中国政府から目をつけられてるから。お金出さないから、潰される」「つぶれたら兄さんのチェーン店、全部やるよ! 日本全国36店舗、オマエが社長だ! 兄さんが副社長になるヨ!」 結局、引き止められて、夜更けまで呑み続ける。

夜中、竹がふと目覚めると、携帯にずっと着信が入ってたことに気づく。慌てて会社に戻ると「うちのサーバーが全部ダウンした!」と大騒ぎに。東京だけでなく、名古屋も、大阪も総てコンピュータが誤作動してどうにもならないという。「電源をオフにしても何故消えないか? ウィルスではないのか!?」 そして、竹は気づく。「中国のサイバーテロだヨ。セキュリティソフト交換したか!?」「…あ、いえ、交換しておけと指示して…」「オマエがやったのか訊いてる!」「いえ…」「やっとけと言ったヨ!」

「末端のコンピュータはどうでもいい。メインのホストサーバー、3台あるヨ。それさえ残れば…」と言ってるうちに1台のハードディスクが「ギギギギ…パン! プシュー」と白い煙を上げて壊れた。そして、2台目、3台目も…「全部やられた」 そこへ、突如社内のスプリンクラーが一斉に作動して水浸しに! そして、消えていたはずの総てのパソコンのモニターに真っ赤な文字で「人民への裏切り者に鉄の制裁を」の文字。「今、何時だ?」「ちょうど12時です」「今日は10月1日…中国の建国記念日だ…わが社の財務は!?」 真相に気づいて竹が愕然とする。「あーこれ、ウィルスでもサイバーテロでもないヨ! ハッキングだ! この騒ぎに乗じて、私とわが社の資産、全部抜き去られたよ! ウチの資産ゼロだよ!」

「中国政府の制裁だヨ…みんな今までありがとう。中国の田舎から出てきて、夢見ることが出来た。泣かないで…ありがとう。また夢見るヨ!」 残った財産はベンツ一台だけ。どうにもならずに兄を頼る。ところが、娘を連れて訪ねた竹に、兄は冷酷な対応をする。「おい、チク! 新聞やテレビでハードバンクの会長が失踪したってオマエを探してるヨ!」「兄さん…一文無しになったよ。兄さんのところでワタシ使って!」「ダメだよ!」「もしもの時は社長にしてやると、あの晩…今がソノときだよ!」「ナニを言う、この会社ワタシのものだヨ! 覚えてないヨ」「だって兄さん、自分は副社長でいいと」「言わないヨ。オマエ、中国共産党に付け狙われてるんだよ。オマエがいると迷惑だヨ。オマエ、自分でいい思いした、そのシッペ返しだよ。いいコトあれば悪いコトあるよ。私知らないヨ!」 そんな兄を指差し、竹は幼い娘に言う。「中国の古い話に鬼が出てくる…コレが鬼だよ!」

兄に追い返された父娘。「こうなったらオマエの母さんの…上海の人たちに頼るしかないネ」と、亡き妻の親戚のところへ。福建華僑の隅々まで中国共産党の目が光っているが、妻は上海出身で、福建華僑とは違う世界の住人だったので、そっちの助けを借りられないかと思ったのだ。「ここで待ってなさい。このあたり危険だからしっかり鍵かけて」と車の中に娘を残して、上海のオジさんのところへ。しかし、ここもまた冷たい。「何しに来た! 来られると迷惑だヨ!」と追い返される。

車のところに戻る…と、車が無い! 「ココにあった車知らないか!?」「あ? 誰か乗ってったけど? 中で女の子が泣いてたね。持ってかれちゃったよ。この辺、危ないんだよ、子供とかよく売りとばされたりするんだ。臓器とか売られたり」「ワタシの娘が! ハナコ! ハナコ!」 絶望する竹、「弱いお父さんでゴメンよ…」と首をつる…。

「おいチク、起きろ」「あっ! 鬼!」 今はあの晩で、サイバーテロも何も起こっていない、酔っ払って寝て夢を見ただけだ、と納得するまでしばらく掛かるが、やがて竹は夢での出来事を兄に話す。「…それとても不幸な夢だな。一時間掛けて夢オチとは許せない。でも火事の夢は燃え盛るって言うから、夢は土蔵(五臓)の疲れだ」と、いきなり古典のサゲを言う兄。「お兄さん、それ、何の伏線も無いよ!」「そうだな。それにしても一番危ないのはそのウィルスだ。孫悟空だ」「ああ、孫悟空は三蔵の使いだヨ」
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平成22年11月26日に桃月庵白酒を招いて開催された「花鳥風月 風・Part 3」のお題3本を広瀬和生さんの解説でお届けします。


立川談笑『お血脈』

その昔、お釈迦様が開いた仏教が天竺から日本にやって来たとき、時の権力者、守屋の大臣(おとど)は「わが国には相応しくない」とこれを弾圧、一寸八分のプラチナの仏像を叩き潰そうとしたが、どうやっても潰れないので阿弥陀ヶ池に捨てた。後にこの池を通りかかった本多善光という侍が仏像の呼びかける声を聞き、拾い上げた仏像の「余は信州にまかりこしたい」という言葉のとおり信州に運んでお祭りした。これが「善光寺」の由来。

この善光寺の名物が「御血脈の印」。この御印を額にいただくと、どんな悪人でもすべての悪行が消滅、必ず極楽へ行けるというもの。これが大変な人気を呼び、地獄へ落ちる者がいなくなってしまった。寂れる一方の地獄の閻魔大王はこの状況に弱り果て地獄会議を開いたところ、「地獄の亡者の中から大泥棒を選んで善光寺に忍び込ませ、血脈の印を盗み出させれば良い」との結論に達した。

選ばれたのは地獄のスパゲッティ屋で釜茹でを担当していた石川五右衛門。五右衛門は「いと易きこと」と娑婆へ行き、居酒屋巡りなどして時間を潰して夜中になるのを待ってから善光寺の宝蔵に侵入、まんまと盗み出したまではよかったが、何しろ芝居がかったことの大好きな五右衛門、「奪い取ったる血脈の印、これさえありゃあ大願成就、ありがてぇ、かたじけねぇ」とこれを額にいただいたものだから、そのまま極楽へ行っちまった…。

善光寺の由来を長々と語る導入部や地獄の描写などの「地の語り」で各演者の個性が発揮される「地噺」の傑作。談笑がこれを演るのは珍しい。


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桃月庵白酒『松曳き』
そそっかしい赤井御門守という殿様と、それに輪をかけてそそっかしい重臣の田中三太夫。ある日、殿様が屋敷で三太夫を呼び出した。「お召しにございますか」「何ヤツじゃ!?」「田中三太夫でございます」「して何用か」「いえ、殿ご自身がお呼びで」「そのとおりだ、うろたえるな!」

殿様が三太夫を呼んだ理由は、「庭の松が月見の邪魔だが、先代お手植えの松ゆえ枯らすわけにはいかん。枯らさずに泉水べりに移せないか」というもの。

「餅は餅屋と申します」「では餅屋が松を移せるのか」「はい。あ、いえ、餅屋はたとえ。植木屋でございます」「そうか植木のことは餅屋か」などという会話の果てに、三太夫は「餅屋! 餅屋!」と植木屋を呼び、植木屋が来ると「曲者じゃ、出会え!」と大騒ぎ。植木屋だと言われて「餅屋ではない! 植木屋じゃ、タワケ者!」と怒り出す。そんなドタバタの果てに殿様の前に出た植木屋の八五郎に、殿様は「よいか八三郎」「では八十郎」「して富十郎」「団十郎」とまるで違う名前ばかり連呼。「ひょっとして全部あっしのこと?」と戸惑う八五郎だが、枯れずに移せることを赤井御門守に教える。

喜んだ殿様が酒を振る舞い、八五郎たちに「無礼講じゃ」と飲ませていると、三太夫の屋敷から遣いが。急ぎ戻ると国許からの手紙。「何も書いてないぞ!」「裏返しでございます」「何? …裏返しじゃ、落ち着け! 何!? 姉上様御死去! 何をこれへ持て! ナニじゃ! 上と下じゃ!」「…カミシモなら既にお召しでございます」「そうだ! うろたえるな!」 三太夫は殿様のところへ戻り「殿の姉上様が御死去あそばされました!」と報告。「何! 姉上が亡くなったというのにこんなところで勝手に酒など飲んでおって無礼者! 手討ちにいたすぞ!」と植木屋たちを追い払う。

姉上はいつ亡くなったのだと訊かれて答えられない三太夫は再び屋敷に戻り、書面を改めようとするが、「手紙が無い!」と大騒ぎであちこち探す。「畳の裏はどうじゃ?」などと言ってるうちに、自分の懐に入っているのを発見した三太夫「懐に入っておって判らんとは何事じゃ!」と家来を叱る。「薄墨で書いてある」「ですから裏返し」「そうじゃ! 何…御貴殿姉上…御貴殿とは誰じゃ! 貴 様か!」とうろたえる三太夫。殿様の姉ではなく、自分の姉が亡くなったことを知らせる手紙だった。重大な間違いに気づいて「かくなるうえは一服してお詫びを…何故煙草盆を出す!? 一服じゃ!」「ですから煙草…」「そうではない、九尺二間…ではない九寸五分!」

先走ってはいけない、殿様にお話してからでも遅くは無いと三太夫の家来が説得する。「なるほど、確かこういうことを『名物に美味いもの無し』とか申したな」「…全然違います」 切腹覚悟で殿様の前に出る三太夫。殿様は「何たる粗忽! 顔も見たくない! 切腹じゃ!」と怒りまくるが、はっと気づいて一言。「まて三太夫、切腹には及ばぬ。余に姉はおらん」

1992年に五街道雲助に入門、20059月に真打昇進した桃月庵白酒は、今最もホットでエキサイティングな若手真打だ。良く通る声と卓越したテクニックで語る白酒は「羊の皮を被った狼のような古典」の使い手だ。白酒の現代感覚に満ちたセンス抜群の滑稽噺は強烈な破壊力を持ち、マクラで吐く毒の強烈さと共に、いまや人気はうなぎのぼり。今回披露した『松曳き』は粗忽な人々を描いた滑稽噺で、真面目な顔をして真剣に言ってることが総てトンチンカンな殿様と三太夫の二人の粗忽者を大暴れさせる、素敵な爆笑落語。鷹揚で突き抜けている呑気な粗忽者の殿様と、常にアタフタ気ぜわしく勘違いを繰り返す慌て者の三太夫の会話のバカバカしさ。特に三太夫の逆ギレ系リアクションがたまらなく可笑しい。白酒オリジナルのギャグを大量にブチ込んだ大傑作だ。

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立川談笑『ジーンズ屋ゆうこりん(紺屋高尾・改)』



岡山県倉敷市は繊維の町。その中で児島はジーンズ業界の最先端。ダメージを付ける技術は倉敷児島が世界でトップクラス。この児島の工場でジーンズにダメージを付けている職人・久三(きゅうぞう)が、ある日から寝込んでしまい、今にも死にそうだという。心配した社長がわけを訊くと、「アイドルの小倉優子に恋わずらい」だという。「ちょっと会えるだけでいいんです」と言う久三に社長は「芸能人なんて金出しゃ呼べるよ」と忘年会に呼ぶ交渉の電話を事務所にかけたものの、賀やらが高すぎて断念。「じゃあ、たとえばこちらから『東京の、指定の場所に出かけていって、会って話をするだけなら?」と尋ねると、それには七百万円かかるという。それを聞いた久三は、「月の手取り二十万で三年分が七百二十万、今から三年かけて七百万円貯めます!」と、その日から工場の隅の小屋に住み、食事は給食のオバサンにおにぎり恵んでもらったりしながら見事に三年で七百万円貯める。

「ただ金持ってっても、ジーンズ工場の職人じゃ会えない。久三、オマエのホントの仕事は隠して…」「あいよ、あいよ、って?」「違うよ。六本木ヒルズのIT企業の社長ってことで、広報誌用のインタビューってことにする。手袋外すんじゃないぞ。インディゴブルーに染まった手…それはジーンズ工場でダメージつけてる職人の手だ」「何で藍色って言わないんです?」「何となく元ネタに近づいちゃうから」

社長の機転でマネージャーに席を外させ、二人っきりでゆうこりんに会った久三だが、何も言えないまま時間切れ。「バイバイりん♪」と去ろうとするゆうこりん、ふと久三の顔を見て「…泣いてるんですか、社長さん?」 すると久三、真相を明かす。

「七百万円取ってるなんて知りませんでしたけど…」と、シリアスな口調になって話し始める小倉優子。「私は、あなたが一生懸命貯めた七百万円をもらう価値のあるような人間じゃありません。リアルな私を見てください。あなたのリアルな七百万円を払う価値はありません。厭な話もたくさんあります。私はお金儲けの道具なんです。したいことも出来ない。こんな芸能界に居ても意味が無い。誰も私の中身を見てくれないのは哀しいことですね。あなたも皆と同じ、私の外見しか見ていない」

それを聞いた久三、「ジーンズは、真っさらなモノより、穿き古した、ダメージのあるジーンズのほうが価値があるんですよ」と返す。「テレビのあなたは真新しい、ダメージの無いジーンズ。素顔の貴女はダメージがある、だからこそ素敵な、価値のある人だと思います。十年後、二十年後、三十年後でも、引退したら、俺の嫁になってください!」

「こんな私でも結婚できるのかな…もらってくれる人、いるのかな…」
「ここにいます! ください!」
「あげます! もらってください」
「本当に?」
「来年三月、私の契約が切れます。そしたら私をお嫁さんにしてください。…嘘だと思ってるでしょ? あなたが本当のことを言ってくれたから、私も嘘はつかない。その証拠に……」
「あっ!? うわっ…ああああ」

「さ、いくぞ久三。どうだった? ちゃんと話したか?」「…らいねんボクとゆうこりんは、けっこんすることになりました…そのしょうこに、こんなことをしてくれました…」「しょうがねぇな、バカになっちゃった」 社長は、ボーッとしている久三を連れて、倉敷へ帰る。久三は工場へ帰って「来年三月十五日にゆうこりんが来る」と毎日一生懸命に働き続ける。

その、三月十五日の前日。「明日ゆうこりんが来なくてもガッカリするなよ」と社長が言い聞かせる。「本当です! でなきゃ、あんなコト…」「本当にそんなコトがあったとしてもだよ、所詮、オマエは職人なんだよ。もうやめようぜ、その『三月十五日』っての。悲しすぎるぜ。来ねぇよ! オマエは七百万ドブに捨てて、いい夢見た。それだけだ」

「俺だってわかってますよ! 来ませんよ!」と叫ぶ久三。泣いている。「俺が一番よくわかってます…こんな田舎の、こんな工場の職人の嫁にあの人が来るわけないって…でも、彼女の言葉を信じたいじゃないですか! 明日まで信じてちゃいけないんですか!」

三月十五日、全スポーツ紙の一面を飾った「小倉優子、電撃引退!」のニュース。「結婚のため引退…お相手はかねてより噂のプロ野球選手と思われ…」と書かれている。それを見ている久三の同僚たち。「久三に見せるな、隠せ!」 …そこにやって来たのは、真っ白なTシャツと真っ白なジャケット、下にはボロボロのジーンズという姿の小倉優子。ジーンズは、久三が会いに行った日に手土産に渡したものだ。「きゅうりん、来たよ♪」「信じてました! これからは俺がキミにとってのこりん星だ!」「大切にしてね」

「そのジーンズ、随分ダメージ付いたね」「あの時から毎日穿いてた。嬉しいときも、悲しいときも…死にたいと思ったときも」「生涯掛けて、おまえというジーンズを穿き潰してやるぜ!」 二人が新たなジーンズショップを立ち上げて、久三の名前を取って『Q3』というブランドで世界的な成功を収めたのは半年後のこと。アイドルに、誠なしとは誰が言うた…「紺屋高尾改めジーンズ屋ゆうこりんの一席で、お時間です」

紺屋の職人が花魁に恋をした『紺屋高尾』は立川談志十八番として知られる人情噺の傑作。これを談笑は、現代のアイドルとジーンズ職人との噺に置き換えた。なお、登場する人物名はすべて架空のもので、実在の人物と一致していても、それはあくまでも偶然である。(笑)




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昨年10月29日に立川志らくさんもお招きして開催された「花鳥風月 風・Part 2」の3題を広瀬和生さんの解説でお届けします。

立川談笑『鉄拐』

上海の大店「上海屋」は、創業記念日に派手な余興を見せることで有名だが、何年も続けているうちにネタが尽きてきた。困った上海屋の主人、唐右衛門は、芸人に詳しい番頭の金兵衛に「旅に出て珍しい芸人を探して来い」と命じたが、そうそう珍しい芸人なんているものじゃない。あてどなく旅を続ける金兵衛、気が付くとどこかの山奥にいた。水墨画のような風景が何とも素晴らしく、心地好い調べが聞こえてきて心が軽くなる。次第に夢うつつになってきた金兵衛は、一人の老人に出会う。「死神さん!?」「それは噺が違う。ワシは仙人だ。名は李鉄拐。ここは仙境じゃよ」「入船亭?」「それは扇橋」

鉄拐仙人に何が出来るか訊くと、身体から魂だけ抜け出て浮遊できるという。「今の身体は本当のワシではない。魂を浮遊させて遊んでいたら、死んだと思ったバカな弟子が身体を火葬してしまったのだ」「バカですね。何て弟子?」「キウイ。それでワシは乞食の身体に入った。だからこんなに小汚い」「魂が抜け出ても、それ、観てて面白くないですね。何かもっと、派手な芸は?」「ワシは芸人ではない! だが、それなら一身分体の術というのがあるぞ。ワシの身体の中からもう一人のワシが出てくる。そして己と己で会話し、己で楽しむのじゃ」「自分でやって自分で楽しむ…ナルシストのオナ ニー?」「腹は立つが、そうじゃ」 やってみせる鉄拐。口からスーッと、もう1人の鉄拐が出てきた。「おおおっ! 凄い!」


「素晴らしい芸だ! 感動で胸が苦しい! この幸せを人々にも分けてあげたい! 癒される!」と、おだてまくる金兵衛。「私と一緒に上海へ行きましょう。都会の人たちを救ってください! みんな、幸せを求めてさまよっているんです」 下界は汚くてイヤだという鉄拐を説得する金兵衛。「わかった。行ってやろう。さあ、目をつぶって、この杖につかまれ」「目を開けたら一面にロウソクが…?」「その噺から離れろ!」 修業の1つでテレポーテーションを身につけたという鉄拐、金兵衛と共に瞬間移動で上海屋へ。

いよいよ創立記念日。観客の前に現われた鉄拐は、もう1人の鉄拐を口から出すと、出てきた鉄拐が元の鉄拐を飲み込むという大技を披露、観客は拍手喝采! 「…声が出ない。これがドキュメント」と立川談志のような鉄拐。あちこちから「来てくれ」とオファーが殺到する。「村祭りの余興? いいよ、行ってやろう。オマエの村の連中を喜ばせてやる」 やがて、寄席からも声が掛かる。「寄席はイヤなんだよなぁ…汚いし、臭いし…セコいんだよ」「詳しいじゃないですか」(笑)

あっちの寄席、こっちの祭りと掛け持ちし、コマーシャルにも出演、CDや本も売れまくる。次第に贅沢を覚え、増徴して「コイツが出るなら俺は出ないよ」と寄席の香盤にも口を出すようになり、「不愉快だから帰る」なんてことも。大勢の弟子をゾロゾロ連れて、弟子からは上納金を取って…。これはかなわんと、プロモーターたちは桃源郷へ別の仙人を探しに行く。出会った仙人、瓢箪から馬を出すという特技を披露。「瓢箪から駒というのはここから来た」「あなたの名前は?」「張果老だ」


張果老は上海に出てくると、「瓢箪から駒」の芸でたちまち人気者となる。張果老は馬を出すだけでなく、出てきた馬が龍に変わって客席の上を廻りだし、その龍ごと客席の皆を腹の中に吸い込んで、客だけ吐き出す、という派手な大技を披露。張果老が大評判になると同時に鉄拐人気は急降下。「金兵衛、面白かったよ、世話になったな。オレは、これまでの数千年の人生を見つめなおしてみたい」 そう言って鉄拐は張果老の楽屋に忍びこむ。瓢箪に吸い込まれてしまった鉄拐は、これまでの数千年の人生を思い、下界に出てきて自分の発言が人々に支持され、人気者となった華やかな日々を見つめなおした。

しばらく経って、ある日の上海の街角。通行人が、道端に座っている汚い老人を見て言う。「あなた、鉄拐さんでしょ? オレが子供の頃、本とか書いて人気があった…」「ああ」「やっぱりそうだ! 流行りましたよね、あの一身分体って! 今はどこで何を演ってるんですか?」「何を演ってるでもない。俺は鉄拐ではない、昔鉄拐と言われた男だ。もう芸はやらない。ああいう術を使うのは飽き飽きした」「じゃあ、今は何を?」「己のこれまでを考えているようでもあり、ここに居ながらここに居ない者のことを考えているようでもあり、座ってるようでもあり…」

「今まで演った芸で一番凄かったのは何です?」「宇宙のすべてを瓢箪から飲んだ。今、すべてがこのオレの腹の中にある」「え?」「この世のすべてがオレの腹の中にあり、それは瓢箪の中でもあるかもしれない」「芸は演らないんですか?」「オレはもう鉄拐でも何でもない。静かにこのままここに居させてくれ」「そうですか、でもお話できて嬉しかったです。ありがとう鉄拐さん…あ、鉄拐じゃないのか。じゃ、何と呼べば?」「そう…松岡克由カツヨシとでも呼んでくれ」

立川談志十八番『鉄拐』を、談笑は後半をまったく変えて独自の演出で演っている。ちなみに「松岡克由」とは談志の本名だ。

立川談笑『鉄拐』(「J亭 談笑落語会 花鳥風月 風・Part 2」より)


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立川志らく『反対車』


上野駅まで急いでいる男、人力車で行こうとして車屋を呼び止める。「万世を渡って上野まで!」と告げると、車夫は「マンセイってのは朝鮮語でバンザイのことですね。バンザイが日本で始まったのは明治22年に日本国憲法が出来た時なんですよ。万世橋の歴史は延宝4年に架けられた筋違橋(すじかいばし)が始まりで、明治になって石材で作り直されて日本最初の石橋に…」「そんなウンチクどうでもいいから!」

花火の玉屋・鍵屋の話、左ト全の『老人と子供のポルカ』の歌詞など、ウンチクばかり語っていっこうにスピードが上がらない車屋。「歌でも唄いましょうか」と『悲しい酒』のメロディで『サザエさん』の歌詞を唄ったり、『勝手にしやがれ』のメロディで『舟歌』の歌詞を唄ったり。「もういいよ!」とウンチク車夫の人力から降りて次の車屋を探す。次の車夫はやたら速いのが自慢。「オレの特技は一つの所でグルグル回ってバターになることです! さ、いきますよ! あらよっ! あらよっ!」と猛スピードで疾走する。「サービスに口太鼓やりましょうか? 三平の出囃子とか」

疾走する車夫、さらにサービスで『ハンガリー舞曲』を口ずさみながら、それに併せて人力を操るという芸も披露。やがてこの車、一ヵ所をグルグル高速回転し始めて…。「あ! 車屋がバターになっちゃった!」 するとそこにさっきのウンチク車夫が来て「お客さん、『ちびくろサンボ』ってのはね…」「オマエは出てくるな!」

今回のゲストは立川志らく。「前座時代の談笑(当時は「談生」)の才能をいち早く見出したのは私」と常々言っている、立川流の兄弟子だ。(ちなみに志らくも『鉄拐』を独自の演出で得意ネタとしている) 志らくは2010年の中頃から「クレイジー落語」を標榜しているが、「J亭」で披露した『反対車』は、彼自身「今年の収穫の1つ」としている、クレイジー落語の傑作だ。

立川志らく『反対車』(「J亭 談笑落語会 花鳥風月 風・Part 2」より)


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立川談笑『子別れ(下)』


「お疲れ!」「お疲れ様です!」「オート三輪、ちゃんと満タンにして返しとけよ」「ハイ!」 とある建築会社の社長と社員たちの会話だ。「社長、このあと、来年からの新しい現場をちょっと一緒に見に行って欲しいんですよ。仕事請けようかどうしようか迷ってるんで」「いいけど、おい、テツ、おめぇ早く帰って子供風呂に入れてやれ。今いくつだ」「3つです」「可愛い時期だ、今よくよく見とかないと後悔するぞ」

「トラック戻しときますから、社長」「おい、2人っきりのときは昔どおり、アニキでいいよ」「じゃあ、アニキ…あの子、亀ちゃんでしたっけ、あれから会ってないんですか?」「ああ、会ってない。母親も子供も、どこでどうしてるんだか」「アニキのこと『ウルトラマンだ』って言ってましたねぇ。思い出しませんか?」「思い出さない日はねぇよ。今は3年生くらいか…」「またカミさん持つ気は?」「もう懲りちゃったよ。二度だからな。オレは人を幸せにしてやれないのかもな。二度目のあの女、あれとデキて女房と別れたけど、家庭に入る女じゃなかったな。若い男作って出て行きやがった」 鰻屋の前に差し掛かる。「ここで明日、寄り合いですね」「ああ、明日は鰻だ。家族も連れて来いよ。それにしても、このあたりは昔住んでたところだから、ちょっと決まり悪いな…懐かしいけど…」「小学校ですね…あ! あの子、亀ちゃんですよね?」「えっ!?」

「嘘つき!」「嘘じゃないよ、父ちゃんが霞ヶ関ビル建てたんだ!」「母ちゃんと二人暮らしのクセに!」「外国で高いビル作ってるんだよ!」「嘘つき! オレたち3人でキングギドラ攻撃だ!」「ゴジラの方が強いもん!(泣)」「嘘つきーッ!」「嘘じゃないもん……嘘じゃないもん……」 嘘つき呼ばわりされてイジメられていた男の子に声を掛ける社長。「よお」「あ…!」「わかるか、覚えてるか?」 語りかける父に無言でうなずく亀。「大きくなったな」「……」「甘いもんでも食うか?」「……」「ケンカ、強くなったな」「……」父の問いかけに総て無言でうなずく亀。目はジッと上目遣いで父を見つめている。「あんみつ食うか? クリームあんみつ!」 無言で同意する亀。

「食え。大きくなったな」「……」「お父ちゃん、元気か?」「……(うなずく)」「優しいか?」「……(うなずく)」「お父ちゃんのこと好きなのか」 上目遣いでうなずき続ける亀。「そうか、当たり前だな…何か買ってくれたりするのか」「…クリームあんみつ」と、ここで亀が初めて口を開く。「いや、今のお父ちゃんだよ」「今のなんていないよ。お父ちゃんはお父ちゃんだよ」「あ、そうなのか!? そうか、2人で…大変だな」「ホントに大変だよ」[すまなかったな。いろいろあって…でもオマエのことはかわいいと思ってる]「バカ女と一緒にいるじゃないか!」「…バカ女って呼んでるのか。いや、もういないんだ。幸せにしてやろうと思ったけど、してやれなかった。もうずっと一人だ。もう結婚しない。だから、お父ちゃんの子供はオメェだけだ」

「え、もうバカ女いないの? なーんだ、先に言ってよ、先に!」 急に表情が変わって饒舌になる亀。「ねえ、ウチすぐそこだからさ、ウチに来なよ! 喜ぶから」「いや、喜ばないな。お父ちゃんはオメェのおっかさんに許してもらえないようなことをしたんだ。大人のことなんだよ…泣くな泣くな」「お母ちゃん、いつもお父ちゃんの話するよおかあちゃんのこと嫌い?」「いや、過ぎた女だと思ってる。あんな素敵な人の人生を踏みにじっちまった」

「お父ちゃん、社長なんだ。ほら、財布」「すっげぇ! 石油でも掘り当てたの!?」「鳶の職人だよ、相変わらず。今は池袋のサンシャイン60ってビル作ってる」「霞ヶ関ビルも作ったんだよね!」「ああ」「お父ちゃん、ウルトラマンなんだもんね!」「あれはテツが『お父ちゃんは巨大化して飛べるんだ』って…」「すごいね、大金持ちなんだ」「小遣いやろうか」「へっ!? 伊藤博文! そんなもの受け取れませんよ!」「何買ってもいいから」「じゃあ、ウルトラホーク1号のプラモデル! みんな持ってて、オレだけ持ってないんだ…それとも、青い色鉛筆とか言ったほうがいいのかな?」「何のことだ? 亀、明日、鰻食うか? 鰻、好きか?」「わからない、食べたことないから。いつも鰻屋の前通ると、いい匂いがする」

「お小遣いと鰻のことは、お母ちゃんには内緒だ」「何で?」「大人の事情だ、わかってくれ。男と男の約束だぞ。指切りしよう」 ♪指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます、と約束する父子。「行きな、日が暮れる」「ねえ、ゴジラとガメラ、どっちが好き?」「ゴジラだな」「だよね! じゃあ、王と長島は?」「長島」「だよね! 銭湯、下駄箱3番だよね! じゃあドリフの中で…」「もういいから!」

帰宅した亀、ラqンドセルを放り投げて、テレビの前に。「ちょっと、これ、どうしたの?」と、母が見つけたのは、ランドセルの中のウルトラホークのプラモデル。「テレビ消して! ここに座りなさい! これ、どうしたの? お金は?」「買ってもらったの」「誰に?」「…お金拾ったの」「一緒に謝りに行こう。万引きしましたって」「盗んでないよ!」「なんでこんなことを…」と泣き出す母。すると亀、泣き声で叫ぶ。「お父ちゃんにお小遣いもらって買ったんだ!」「え?」「お父ちゃんと会ったんだよ」「…本当に?」「本当だから針千本ちょうだい」 泣いている亀に、母は優しい声で話しかける。「そう…辛かったね」

「お母ちゃん、お父ちゃんのこと、嫌いなの?」「うーん……好きだった」「今は?」「……ちょっと、今のオマエには難しいかな。ごめんごめん、泣くな」「プラモデル作ってもいい?」「私には色々あるけど、お父ちゃんの子供ってことに変わりはないんだから。それで、久しぶりに会ってどうだった?」「いいこと教えましょう。バカ女はもういません!」「また仕事もせずに…」「ううん、お父ちゃん社長さんだよ! 趣味の悪いワニ革の財布に一万円札ビッシリ入ってた。だから…」「昔は好きだったけど、もう違うの。ハシャぐんじゃないの! 大人の世界はそんな簡単なもんじゃないの」

「明日のお昼、お父ちゃんと鰻食べてもいい?」「わかった」「一緒に行こう! 他の人たちも家族で来るって」「行かない。オマエの前でケンカしてる姿、見せたくないから」「お父ちゃんはお母ちゃんにとって何?」「もと夫。身内か他人かっていったら他人」「じゃ、よその人に鰻ごちそうしてもらうのにお礼言わないの?」「……」

翌日、鰻屋の二階で社員を待つ社長。そこへ亀がやって来る。「お待たせ!」「お、来たな! オメェ来たのはいいけど、みんな遅いな。まだ誰も来ない」「みんないないうちにスペシャルゲストが」「誰だ?」「わかりそうなもんでしょ」「ああ、来たのか…」「いい?」「ああ」「お母ちゃんスゲェんだよ、朝から化粧しちゃって!」

3年ぶりに、もと妻に再会する社長。「あの頃は、色々とすまねぇことを」「この子がお世話に……」「オレの子だからな」「もしまた気が向いたら、またごちそうしてあげたりしてください。じゃあ私これで失礼します」「えっ? お母ちゃん帰っちゃうの!?」「ごあいさつしましたから」「お母ちゃんと一緒に鰻食べたい!」「ダメです…離しなさい!」「(号泣)お母ちゃん、帰っちゃイヤだ!」「ゴメンね、泣かなくていいから」

「悪いのは俺なんだ。辛い思いをさせたこと、俺は忘れちゃいねぇから。どうかな…子はかすがいっていうし、こんなこと言えた義理じゃないけど、これを縁にヨリを戻すとかって…」「ありません!」 キッパリと言いきる母は、泣いている。すると亀が泣きながら叫ぶ。「お母ちゃん……お父ちゃんと一緒にいたいよ!!」

「今日、明日で気持を切り替えろと言われても…」「わかる! わかるよ。だから、たまに3人で会って、食事でもして……すまない! あの頃のこと、今までのこと、このとおり……」「手をついて頭下げるようになったんだね…」「また俺と……こいつのために……」「じゃあ、たまに会って食事くらい」「うん、そこから始めてくれ」 二人のやり取りを聞いていた亀が「いいんだね! じゃ、握手!」と間に入る。「何だよ、照れくせぇな……それにしても遅いな、アイツら」

「皆さーん、入ってきてくださーい!」と亀が叫ぶと、社員たちがゾロゾロと入ってくる。「な、何だオマ エら! 後ろに金屏風なんて立てて、拍手なんかしちゃって! どうした……あ、テツ、あれはてめぇの了見か?」「社長、絵を描いたのは亀ちゃんなんですよ!」「あ! 言っちゃった! 針千本!」

「あのサンシャインの現場にこの子が来ましてね、『テツさんだよね?』って…。何でわかったのかって訊いたら、『高い建物たててる場所に行けば、いつかお父ちゃんに会える』って、東京中の建築現場を探してたって……亀ちゃん、ランドセル作戦、うまくいったか?」「うん!」

「ヨリを戻したってわけじゃねぇんだ。これからまた始めていこうかなぁ…みたいな…まあいいか、とにかく乾杯!」「よろしく…」 大きな拍手。亀にテツが話しかける。「よかったな。やっぱりお父ちゃんはウルトラマンかい?」「ううん、もうウルトラマンじゃない」「じゃあ、今は何?」「帰ってきたウルトラマンだよ!」

『子別れ』という噺は「上・中・下」に分かれ、「上」は『強飯の女郎買い』、下は『子は鎹(かすがい)』と言われ、独立した噺として演じられることが多い。本来の『子別れ(下)』では母が子をゲンノウで殴ろうとする場面があり、「あたいが鎹? それでおっかさん、ゲンノウでぶつって言った」がサゲとなる。夫婦の会話や子供の反応に抜群のリアリティを感じさせる談笑版の『子別れ(下)』は昭和四十年代を舞台とした改作で、「どの辺の時代までが古典になり得るか」という限界点に談笑が挑戦した、とも言える。亀が歌うアニメの主題歌や観たいと言うテレビ番組など、細部の描写に懐かしさを覚える作品だ。ちなみに『帰ってきたウルトラマン』本放送は昭和46~47年である。

立川談笑『子別れ(下)』(「J亭 談笑落語会 花鳥風月 風・Part 2」より)
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談笑プロフィル

立川 談笑(たてかわ だんしょう)
東京都江東区出身。1992年、7代目立川談志に入門。1996年7月、二つ目昇進。2003年、6代目立川談笑を襲名。2005年には、真打昇進と史上まれにみるスピード出世を遂げ、50人以上いる弟子の中でとりわけ若くして「立川流四天王」と称される実力と人気を兼ね備えた逸材といわれる。
フジテレビ『とくダネ!』リポーターとしても活躍。

広瀬プロフィル

広瀬 和生(ひろせ かずお)
1960年生まれ、ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN!」編集長。東京大学工学部都市工学科卒業後、レコード会社勤務を経て、1987年「BURRN!」(シンコーミュージック)編集部入社。1993年から同誌編集長を務める。本業とは全く関係なく、30年来の筋金入りの落語ファン。ここ数年は年間350回以上の落語会にほぼ毎日通いつめ、1500席以上の高座に生で接している。
著書に『この落語家を聴け!』(アスペクト刊)などがある。